毎月発行している「紙」スケジュール裏面に掲載している <スタッフのつぶやき>です

【2019年12月】
【2019年11月】
【2019年10月】
【2019年9月】
【2019年8月】
【2019年7月】
【2019年6月】
【2019年5月】
【2019年4月】
【2019年3月】
【2019年2月】
【2019年1月】
【2018年12月】
【2018年11月】
【2018年10月】
【2018年9月】
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【2018年3月】
【2018年2月】
【2018年1月】


【2017年1月~12月】
【2016年1月~12月】
【2015年1月~12月】
【2014年1月~12月】

【2019年12月】 《HENRY DOMENICO DURANTE(ヘンリー・ドメニコ・デュランテ)STELLA ALA LUCE PONTORIERO(ステッラ・アラ・ルチェ・ポントリエロ)pf》

※スタッフのつぶやきはお休み

 

 

【2019年11月】 《Matteo Leone》

JIROKICHIは、お陰様で来年45周年を迎えることになりました。これも偏に、日々出演してくれるミュージシャンの方々と、ご来場くださるお客様のおかげです。いつも本当にありがとうございます。つきましては、2020年2/1~3/18の期間、日替わりのスペシャルライブを行うことになりました。皆様、11月半ばには超豪華な顔ぶれが発表されますので、お楽しみになさっていてください。

ところで、関東を直撃した台風19号、すごかったですね。幸い、高円寺はそれほど被害はなくて、また、店も浸水などせずに済みましたが、温暖化の影響かどうか、毎年、こんなふうに大きな台風がやってくるようだとたまりませんね。もう25年以上前のことですが、今回のように大きな台風がきて、大雨が降ったときのことです。まさかJIROKICHIのビル、壁から水が染み出して浸水してくるなんて誰も思っていなかったので、特に対策もせず、機材やレコード、その他ビデオテープなどもそのままだったわけです。翌日のライブは、たしか、ホトケさんや山岸さんたちのセッションで、台風一過の午後、スタッフが店に来てみると、床は一面水浸し。いや、もう、浅い池のようになっていたわけです。当然ライブは中止になり、その日の出演ミュージシャンたちも手伝ってくれて、なんとか水をかき出したのですが、床に置いてあったものはすべて水に浸かってしまったために、冷蔵庫は壊れるし、貴重なビデオテープやレコード、カセットテープ、予備の機材などほとんどダメになってしまいました。ようやく水が引いて店内が乾くと、床の板もボロボロになってしまい、結局全部張り替えなければならなくなりました。その後も度々浸水の被害に遭ったため、大雨が降ると、機材などは高いところにあげて帰るようにしていますが、今回のような台風が来たり、大雨が続いたりすると、私たちは、いつもいつもヒヤヒヤさせられるのです。

思い起こせば浸水もそうですが、とにかく、いろんなことがあって大変な45年でした。けれど、どうにかここまでやってこれました。2011年の震災のピンチも、マスター荒井誠の急逝も乗り越え、なんとかやってきたのです。お客様とミュージシャンの方々には感謝しかありません。ほんとうに、ほんとうに、いつもありがとうございます。そして、今後とも、JIROKICHIをどうかよろしくお願いします。

【2019年10月】 《Arabesk》

最近は、遺伝学がかなり発展していて、進化学や脳科学、認知心理学などと絡めて、私たち人間の能力について、かなりのことが明らかになっています。昔は、有名人の誰々の子育て法とか、英才教育とか、幼い頃の家庭環境が大切であると私たちは思っていました。たしかに音楽においては、5歳頃までに音感を身につけるかどうかで、将来、大きな差が生まれるということは、ライブハウスという現場にいて、また、自分のバンド活動の体験からもよくわかります。きっと、JIROKICHIに出演する一流ミュージシャンたちのほとんどは、早くからなんらかの音楽教育を受けているはずです。
しかし、英才教育や、有名私立校に入学させるなど、子供の教育に投資し、環境を整えてあげることについては、実は、ほとんど意味がないのだそうです。とくに音楽や絵画、文章を書くことなど芸術的才能に関しては、遺伝によるところがほとんどで、才能のない人にいくら教育をほどこしても、本人が頑張ればある程度まではできるにしても、結局はものにならないらしいのです。とはいっても、遺伝というのは複雑で、生まれた国とか、生活環境に左右されることだってないとは言えないません。けれど、勘違いされやすいので慎重に論じられるべきですが、生涯所得や、性格、犯罪率の高さなども遺伝によるところが大きいらしく、これまで私たちが受けた画一的な教育というものは、見直される時期に来ているのかもしれません。アンジェリーナ・ジョリーというアメリカの有名女優は、遺伝子検査を受け、乳癌と卵巣癌になる確率が非常に高いという結果を受け取り、驚くべきことに、健康な乳房(乳腺)と卵巣を切除してしまいました。信じられないような行動……と思うひともいるかもしれませんが、近未来においては、きっと当たり前の予防治療となることでしょう。
では、遠くない将来、天才とか、遺伝的に優れた人を選別して、それ以外を淘汰させるような政策を取る時代になったりするのでしょうか。いえ、どうやら、そうはならないようです。例えば、古代なら生かされた遺伝的身体能力も現代においてはあまり役に立たないとか、高度な知識を必要とするIT社会で有利な遺伝的知能も、AI(人工知能)が中心となる未来の世界ではほとんど役に立たなくなるということだってあるかもしれません。普段、職場でバカにされているような人が、実は遺伝的に優れた臭覚を持っていて、そういう人がもっとも必要とされる時代だってくるかもしれないのです。
つまり、私たち人類の淘汰されなかった多様性は、人類が繁栄するために必要だったということです。かつてヒットラーがとった政策のように、優れているとされる遺伝子ばかりを選んで積極的に交配させる、などという行いは、逆に人類を滅亡に導くかもしれません。
音楽的に才能のある遺伝子を持って生まれた人は、それを生かし、人々を楽しませればいい。頭の良い人は、それを生かし、社会の発展に貢献すればいい。一般の凡庸な人だって、職場やチーム、バンド、遊び仲間など、現場、場面において、例えばいじられ役とか、和ませ役とか、そういう遺伝的才能を発揮して、周囲を楽しく明るくしたりしている人だっているのです。要するに、遺伝的才能なんてどう転ぶかわからないのだし、あまり気にすることはないのかもしれません。

【2019年9月】 《ミサイルイノベーション》

若い頃は、名前が出てこないとか、なかなか顔を憶えられないなどという大人たちの感覚がまったく理解できませんでした。小中高時代の学友や、先生の名前、近所の人の名前などもすぐに思い出せたものです。ところが、徐々に記憶能力は衰え、最近では、好きだったバンド名や、曲名、ミュージシャンの名前なども出てこなくなって、会話がスムーズに繋がらないという場面も増え、この先どうなってしまうのかと、思わず自身を憂いてしまう今日この頃です。新たな情報を毎日のようにインプットするわけですから、脳の許容量ということもあるだろうし、仕方がないとは思いますが、せっかく読んだ本の内容を忘れてしまったり、憶えておきたかった場面や面白い話などを忘れてしまうのは悲しいですよね。
最近読んだ脳科学の本によると、右利きの人は、右手に何かを持って強く握りながら憶えるようにすると、記憶力がかなりアップするそうです。反対に、思い出すときは左手を強く握るのだそうです。左利きの人は、多分逆だということでしょうが、これはまだ実験のデータがないとのこと。皆さん、忘れなかったら、是非試してみてください。
最近、ミュージシャンの方々と、ライブ終了後のカウンターで話をしていて、なかなかおもしろかった話題を忘れないうちに書き留めておこうと思います。皆さん、コンダラという道具をご存知でしょうか。昔、「巨人の星」というスポ根テレビアニメがありましたが、あのオープニングテーマに出てくる道具です。「重いコンダラ、試練の道を~♫」はい、主人公、星飛雄馬がグランドで懸命に引いている、あの大きくて重いグランド整備用のローラーのことですね。もうお気づきだと思いますが、変ですよね。何を言っているんだ、「思い込んだら試練の道を~」だろ、と。
昔、あるベーシストが、自分の所属するバンドの某ギタリストに「知ってる? あれ、コンダラっていう道具なんだよ」とウソを教えたところ、彼はそれをずっと信じていたんだそうです。最近、その話がデタラメだと知ったギタリストは「騙された〜」と、憤慨したそうですが、これ、もしかしたら、意外と勘違いしていた人も多いんじゃないか、という話になりました。さっそくググってみると、これ、相当な数の方が「重いコンダラ」と思い込んでいたようです。コンダラと言えば話が通じる、というくらいだったのです。驚きました。後日、日本語の誤用にうるさいある著者の本がこのことを面白おかしく取り上げていて、「重いコンダラ、試練の道を♫」の方が、詩的に素晴らしいじゃないかと書いていて、うんなるほど、と思いました。

【2019年8月】 《中川敬×リクオ》
楽は、抑揚をつけて言葉を唱えることや、感情のほとばしりによる発声、それに伴う手拍子や、猛獣の撃退に使った鐘、法螺貝、太鼓に似た道具類などを使うようになったことによって、次第に形作られていったそうです。やがてそういった最初期の「音楽」は、儀式や、儀礼、祭事などで必須のものとなり、琴や笛などが用いられ、糸を張って音を出す楽器から音階やハーモニーが発見され、長い年月を経て、次第に娯楽的なものになっていったと考えられています。音楽を理解できるのは人間だけだと言われています。遺伝的に近いヒト以外の霊長類はビート(拍子)やテンポに反応できないのだそうです。人類は、言葉をツールとして使うようになり、それに伴って脳を進化させてきました。その進化の過程で、音楽に対する能力を獲得していったようです。
ところで、音階の発見ってすごいですよね。いわゆる「ド」の音から、オクターブ高い「ド」までの音の高低を、12音で区切って私たちは今日、音楽において使っています。どうしてオクターブ内で音を区切るかというと、ヒトに共通する感覚として、ある音の2倍の周波数を、高いけれど同じ音と認識できるからです。ですから、実はオクターブ内をどう区切ってもいいのですが、現在、ほとんどの楽曲で使われているのは、12音で区切った音階(12平均律)です。どうしてかというと、音楽を作ったり演奏したりする上で一番便利だからです。本当は、周波数的に、和音がもっと美しく響く音律がいくつかあるのですが、転調させるとたちまち不協和になってしまったり、オクターブ高いドの音が微妙にずれていってしまったりするのです。
平均律12音階のうちの7つの音であるドレミファソラシドが、いわゆる基本の音階として私たちがよく知っている音の並びです。弾いてみます。子どもの頃から慣れ親しんでいるあの音階です。次に、ミとラとシを半音下げてドから弾いてみます、するとなぜか悲しい感じの響きになります。こうして様々な音階が生まれ、情緒がある響きとか、緊張感を感じさせる音階とか、様々な音の並びが知られています。そしてその音階上には、ドからレを飛ばしてド、ミ、ソと同時に鳴らすと、和音という協和の響きがあることが発見され、起結感のあるメロディーに和音をつけると、コード進行という規則性があることもわかりました。
さて、12音階を平均律で区切ることが、和音に多少の不協和があっても、便利であることには納得がいきましたが、もっと細分化してみるとどうなるのでしょうか。例えばドとレ♭の間にもう一音入れたような音階です。微分音というそうです。微分音を使って新しい音楽は作れないのでしょうか。ググってみると、24音階にチューニングされたエレピで演奏してみました、という映像を発見。うーんやっぱりチューニングが狂っているふうにしか……と思って聴いていましたが、よく考えると、ブルースの演奏で用いられるスライド・ギターの、弦を滑らす音に似ていることに気がつきました。なるほど、やっぱりそうなるか。

【2019年7月】 《sorano》
正義という概念。実はこれ、かなり厄介なものですよね。「誰か」が現状に不満を覚え「正義」に駆られた結果、暴動が起きたり、戦争が起きたりしているのです。戦争が起きれば、街は荒廃し、多くの人々が犠牲になります。難民が生まれ、子供たちが貧困に苦しむ不平等な世界になってしまいます。
ところで「正義」がどうして不幸を招くのでしょうか。正義といえば、正義の味方とか、悪を懲らしめるスーパーヒーローなどを思い浮かべるし、正義感の強い人とか、正義の為に戦うとか、なんだか立派な概念のような気がします。けれど正義の定義は性別や人種によって違ったりもする曖昧なもののような気もします。「正義」って一体何なのでしょうか。正義は相対的なもので、悪と対峙します。「悪」は悪いことだから、みんなが悪いと共通認識している犯罪や、不正を裁き、正すのが正義と言えそうです。けれどイエス・キリストの言った言葉や、ムハンマドの残した言葉を厳格に守るのも正義だし、両親や、国家が定めたその国特有の法律や、特定のグループ内(暴力組織だとしても)で決められているルールを守ることも正義かもしれません。経済学の概念に、トレードオフという考え方があります。たとえば、Aさんが100円を握りしめ、果物屋さんに買い物に出かけたとします。店頭にはリンゴとオレンジが並んで置いてあります。それぞれ一個100円です。Aさんはリンゴもオレンジも両方欲しいと思っていますが、100円しか持っていないので、どちらか一個しか買えません。普通ならあきらめてどちらかを買うことになりますよね。しかし、この買い物に「正義」(もしくは宗教)というエッセンスを与えるとどうなるでしょうか。1.リンゴもオレンジも両方とも味わいたいのにどうして私はリンゴしか買えないのだろう(神さまが約束してくださったのに)→2.リンゴもオレンジも100円で買えるユートピアがどこかにあるはずだ→3.オレンジとリンゴを100円で売ってくれない果物屋は悪い店だ、強欲でけしからん……。
このように思考が変化していくのだそうです。結果、果物屋の店主を罵倒するとか、最悪の場合、打ちこわして略奪……つまり戦争が起きるというわけです。正義なんてウソでした。けれど戦争なんかあってはなりません。そこで、頭のいい人は、戦争の起きない理論もちゃんと提示しています。果物屋さんにはBさんも連れていくのです。Bさんも100円だけ持っていて、両方食べたいと思っています。どうするか。Aさんはリンゴを買います。Bさんはオレンジを買うのです。持って帰って、家で半分に切って分ければ、二人とも両方味わえるというわけです。本当は二人ともリンゴもオレンジも丸々一個食べたいところですが、それは両方味わえたのだから良しとして我慢します。この考え方を人々が応用すれば戦争は起きないというわけです。この超簡単な論理を世界人口の半分くらいが理解していれば、戦争も貧困もなくなるそうです。でも現実は……。とにかく、ギターをかき鳴らして「戦争反対」と叫んでいるだけではダメみたいですね。

【2019年6月】 《平安隆 with 東京中央線》
昔、アニメ化もされて流行った漫画に、「美味しんぼ」という作品があります。今は確か休載中だったと思いますが、100巻を超える長い連載を誇るグルメ漫画です。山岡士郎と栗田ゆう子という新聞記者が、当代随一の芸術家で美食家である海原雄山という豪傑と、料理で対決をする話を軸に、当時の底の浅いグルメ文化を批判し、食で人を感動させ、様々な問題を解決していく人間ドラマです。
最近、あらためて、アニメの方を観ていて気がついたことがあります。主人公、山岡士郎と栗田ゆう子の二人が、ある有名評論家のところへ記事の執筆依頼に行くと、昨今のグルメブームとやらに嫌気がさして食べ物について書くことはやめたと、断られてしまいます。士郎は一計を案じ、有名評論家を禅寺に連れて行き、洗練された胡麻豆腐を食べさせ、感動をさせることに成功します。結果、仕事の依頼を承知してもらえるのですが、気になったのはその内容ではなく、背景に描かれていた、当時の日本の風潮です。
1980年代、日本は世界一豊かになり、お金持ちは海外旅行に行って爆買い。パリなどで高級ブランド品を買いあさり、高級レストランで高級な料理を食べまくります。アニメを観ていて、ああ、そういえばそういう時代だったな、と思ったと同時に、これ、つい最近まで中国人たちが日本で見せていた爆買いの姿と同じじゃないか……と気がつきました。かつて、日本人もお金持ちになって、そのような行動をして、海外で顰蹙をかっていたのです。しかし、急に豊かになったりすれば、そういう風になるのもしかたがないのかもしれません。古代、ヨーロッパの大部分を版図に収め、大繁栄したローマ帝国は、従えた各地域から奴隷を連れて来て働かせたため、豊かになって、ローマ人たちは毎晩のように朝から晩まで酒池肉林の宴会三昧だったそうです。地方の名産品を買い集め、贅沢な料理を食べまくり、お腹がいっぱいになると、医者が特別に調合した吐き薬を飲んで全部吐き出し、また、贅沢な料理を運ばせていたそうです。しかし、その栄華を極めたローマも東西に分裂し、西ローマ帝国は、ゲルマン人たちの流入によって混乱し、滅びてしまいました。 日本は、少子高齢化という構造的な問題を抱え、中国は、アメリカとの貿易戦争に突入し、ともに斜陽の時代を迎えています。両国とも、まだ滅びないとは思いますが、これ以上、豊かになることはないかもしれません。しかし、これからは、物質的な豊かさを追求するのではなく、心の豊かさを追求する時代になるはずです。音楽も、豊かな人生のツールの一つとして、残っていくでしょうから、ライブハウスもまだ必要とされるでしょう。というわけで、来年の令和二年、JIROKICHIは45周年を迎えます。スタッフ一同、頑張って行きたいと思います。

【2019年5月】 《Wild Chillun》

令和。なかなかいい元号だと思いますが、「学者連中の知識を疑うよ。本当はレイワじゃなくて、リョウワと読ませるべきだ……」と興奮気味におっしゃっていたベーシストの方がいました。実際のところはどうなんでしょうね。ともあれ、新しい時代がスタートします。令和の時代、日本は大きく変貌することでしょう。資本主義の社会は、経済成長を続けなければいけないという宿命にあるのですが、中国や、東南アジア諸国の成長に比べ、日本の経済は失速してしまいました。ところで、経済活動の原動力といえば「欲望」です。人々に欲望があるからこそ経済が回るのです。欲望などというと、欲望丸出し、強欲、欲張りなど、その言葉にはよくないイメージがありますが、例えば、お金が欲しいと思うから働くのだし、もっと稼ぎたいと思って会社を起こしたり、投資したり、アイデアをひねったり、勉強をしたりするのです。日本は少子高齢化によって、欲望の強い若い年代の人たちが大きく減ってしまいました。輪をかけて、インターネットの普及により、安価な娯楽を享受できるようになり、購買意欲も後退しました。そうなると、働き手も、消費者も少ないという社会になるわけですから、税収も減るし、国力は衰える一方です。安倍さんのその場しのぎの政策は、今はうまく行っているように見えますが、将来の日本人に大きな負の財産を残すことになりました。国が抱えている莫大な借金がさらに増えたのです。今の子供たちが働き盛りになるころには、年金制度も、税制も、今の状態を保っていられないでしょう。そうなると、今の日本が維持されるためには、移民を受け入れるしかありません。海外から若い労働力と消費者を呼びこまなければならないのです。しかし、日本人は、島国で、鎖国状態が長かった時代があったせいか、異国の人を受け入れるのに抵抗がある人々です。例えば、外国人の犯罪などに過剰に反応します。ですから、急激に異国の顔だらけの国になるということはないでしょうが、混血も進むだろうし、数十年後には、いわゆる日本人的な顔の人は、きっと少なくなっていることでしょう。ライブハウスや、音楽産業の形態も変わって、例えば、東南アジア系の二世バンドとかが、日本で新らしい音楽を産んで、一時代を作ったりするかもしれません。
まあ、とにかく令和。平成のように、戦争のない時代であることを心から願います。

【2019年4月】 《Enzo Favata Crossing Quartet》
イタリアのベテランサックスプレイヤー、エンツォ・ファヴァータさんという方が、自身のグループを率いて来日し、ジロキチで二日間演奏してくれることになりました。(4/10、11=エンツォ・ファヴァータ・クロッシング・カルテット)エンツォ・ファヴァータさんは、長年に渡り、ジャズや世界各地の民族的要素をミックスした音楽を追求してきた、ヨーロッパでは著名な方だそうで、サックスだけではなく、バンドネオンなども演奏する多才な人のようです。映像を見ましたが、喉の奥にまで届いて響くような、素晴らしい演奏が間近で聴けそうで、今からとても楽しみにしています。ところで、エンツォ・ファヴァータさんは、イタリアという国を構成する大きな島の一つ、サルデーニャ島という島のご出身だそうです。イタリアといえば、マフィアで有名なシチリア島は知っていましたが、サルデーニャという島は初めて聞いたので、さっそく調べてみることにしました。
サルデーニャはシチリア島とほぼ同じくらいの大きい島で、東京都の10倍くらいあるそうです。ちなみに地図で見ると、すぐ上に、あのナポレオンの生まれた島、フランス領コルシカ島があります。古代より、地中海を渡る上で、ヨーロッパとアフリカをつなぐ中継地点として重要な島だったそうです。王国として独立していた時期があったり、オーストリア領やスペイン領になったりと、複雑で入り組んだ歴史を持っています。現在はイタリア領なので、イタリア語が公用語ですが、先史時代のヨーロッパ人の貴重な遺伝子を残すというサルデーニャ人が住み、サルデーニャ語が広く使われています。とにかく天国かと思うほど美しい島だそうです。
当日は、サルデーニャのワインやチーズなどを仕入れて、来てくれた方に提供したいと思い、ついでに料理についても調べてみることにしました。サルデーニャの料理は、基本、イタリア料理なのですが、北アフリアやアラブの影響も受けて独自に発展しました。豊富な魚介類を使った料理や、羊の肉の肉料理、パスタ、薄く焼いた硬いパンなどを食べるようです。当日、勉強して、なにかサルデーニャ料理を1品作ろうかとも思いましたが、羊の丸焼きの画像がドーンと出てきて、あ、こりゃだめだ……とあっさりあきらめました。ところで、仕入れようと思っているチーズは、ペコリーノという羊の硬いチーズで、もともと保存用に作ったため、けっこう塩分が強いとか。サルデーニャ産のワインも飲んだことがないので楽しみです。
ちなみにイワシのことを英語でサーディンと言いますが、サーディンはこの島の名前が由来なのだそうです。へー。

【2019年3月】 《ローホー》

「平成」が終わります。「昭和」は歴代最長の62年(実質)という長きに渡って続きましたが、「平成」は31年でお了いということになりました。古代から数え、247もある元号の平均年数は、だいたい5年くらいだそうですから、「平成」もかなり長かったほうなのだそうです。次の元号は、一体どの漢字が選ばれるのでしょうか。選定はかなり難しいそうです。かつて元号を使っていたシナ(中国)などと重複してはいけないし、その歴代帝王の諡号(死んでから付けられるおくり名)や、宮殿、土地名なども使えません。しかも選ばれた言葉の意義は深長なものでなければいけないそうです。さらに「論語」「孟子」など、中国の古典から引用すること、音階調和的にも優れ、簡単平易なものと定められているようなので、依頼され、案を提出する学者の方々は、すごく頭を悩ませることでしょう。明治はM、大正はT、昭和はS、平成はH、この並びのアルファベットともかぶってはいけないそうですから、過去の没案を持ってきたりして検討するほうが早いのではないでしょうか。ところで元号というのは、中国の影響下にあったアジア東部の国々で使われた紀年法の一種で、特定の年代につけられる称号です。前漢の武帝のころ(紀元前115年)に創始され、かつては、朝鮮、ベトナムでも使用されていましたが、現在は日本だけが採用しているシステムです。日本が元号を定めて使うようになったのは、飛鳥時代、西暦でいうと645年の「大化」からとされています。歴史の授業でならうあの有名な「大化の改新」の「大化」ですね。現在は、天皇の崩御、譲位があったときのみ改元されることになっていますが、「明治」以前は、災害や戦乱、社会不安など、いろいろな理由でしょっちゅう改元していました。飛鳥時代は面白くて、白いキジを献上されたから「白雉」とか、甲羅に良い文字が浮いて出たカメをもらったから「霊亀」とか、金を献上されてめでたいから「大宝」とか。ちなみに、明治天皇の父親、孝明天皇の時代は6回も改元しています。黒船来航、桜田門外の変など、幕末は、国を揺るがす大事件がたくさんあったので、皇室も幕府も、改元によって悪い流れを変えたいという願いがあったんでしょうね。

【2019年2月】 《アース・ウインド&ファイターズ》
30年前、アース・ウインド&ファイヤーのコピーをやりたいとメンバーを集め、大阪で「アース・ウインド&ファイターズ」を結成した、ボーカルの橋本仁さんは、まだライブをやるかどうかも決まっていない最初のリハーサルで、すでにカツラをかぶり、衣装を着け、モーリス・ホワイトのいでたちで現れたそうです。 やっぱり有名になる人というのは、最初から気合が違いますね。
ところで、モーリス・ホワイトの髪型を再現するためには、まずハゲヅラをかぶり、その上から、さらにカーリーヘアのカツラをかぶるのだそうです。そして、モーリスと同じ広いオデコを表現するため、カーリーヘアの前方部をカットします。カットした端材で、もみあげを作れば完成。しかし、汗をかくと、もみあげの部分が剥がれてきてしまい、歌いながら動くと、走るダックスフンドの耳みたいにパタパタとなってしまうのだそうです。
さて、テレビのオーディション番組で、人気に火がついた「アース・ウインド&ファイターズ」は、数社からデビューの話があり、デビューが決まると、本格的に活動を開始します。その実力は、本家を上回るなどと言われるほどでした。今でも、「アース・ウインド&ファイターズ」と言えば業界で大変有名で、例えば、ボーカルの橋本仁さんは、「橋本仁」と紹介されるより、「ファイターズのボーカル」と紹介されると、「ああ、あの!」となるそうです。あるとき、活躍を続けるファイターズに、本家、アース・ウインド&ファイヤーのオープニング・アクトをやらないか、という大きな話が舞い込みました。しかし、残念ながらこの話は立ち消えになってしまいました。理由はわからないそうですが、ファイターズのビデオを観たモーリス・ホワイトさんが、仁さんのパタパタと羽ばたくカツラのもみあげを観て、「オレはこんなんじゃない」と不機嫌になった、ということがあったそうです。

【2019年1月】 《大西ユカリ》
平成が終わろうとしています。平成の幕開けは私にとって印象深く、テレビ番組が特番ばかりになったり、学校が休みになったりと、世の移り変わりを感慨深く意識したことを覚えています。平成の二文字を国民に発表した当時の官房長官は、小渕恵三さんという方で、私の故郷の人でした。彼が緊張の面持ちで、マスコミのフラッシュを浴びるシーンは繰り返し報道されましたし、のちに総理大臣にもなりましたので、大変誇らしく思ったものです。
その平成元年には、ベルリンの壁が崩壊し、冷戦が終結。その後のソ連解体へと歴史が動きます。一方中国では天安門事件が発生しましたが、国が民主化運動の弾圧に成功したことで、共産主義崩壊までには至りませんでした。しかし中国はその後、資本主義経済を取り込んで大国になり、経済大国日本は中国に抜かれ、この平成の30年間で確実に衰退しました。裕福になった中国の人々が日本に旅行に来て、観光地はどこも中国人だらけ、という現象はもはや馴染みの光景ですね。
ところで、平成時代で一番記憶に残っていることといえば、私にとっては、オウム真理教の起こした大事件です。平成5年から7年くらいにかけての出来事なので、若い人はあまり知らないというから驚きですが、平和な国に起こった無差別テロ、未曾有の事件に対する連日の報道に釘付けになったものです。
事件が明るみになる前は、怪しい集団だと周囲で話題に上る程度でしたが、まさかあんな大きな事件を起こすなどは思いもよりませんでした。教祖がバラエティー番組に出たり、宗教学者で彼らの思想を肯定したものがいたりしましたし、信者たちも、異様な思想に染まってはいるけど、教義に一途なだけの善良な人のようにも映っていました。まだ犯罪の知られていなかったオウム真理教は、パソコン店や飲食店などの事業展開をして活動資金を調達していました。信者が無給与で働くわけですから、人件費が掛からないので、おそらく莫大な収入を得ていたことでしょう。そして我が高円寺の街にも、怪しげなグッズや、教団幹部のプロマイドなどを販売するオウムのショップがあったり、ラーメン屋があったりしたのです。
ラーメン屋は、高円寺純情商店街の突き当たりにありました。「うまかろう安かろう亭」という名の通り、ほんとうに安くて、店員も親切で、そこそこうまかったことを覚えています。通っていたころは、オウムのラーメン屋だとは夢にも思わず、後で知ってすごく驚きました。知らないって怖いことですね。   平成の次は、一体どんな時代になるのでしょうか。移民が増え、日本社会は大きく変わることでしょう。様々な思想、新しい考え方、異国の文化などが広まっていくことでしょうが、格差社会をほったらかしにして、歪んだ思想を生み出さないように気をつけなければいけません。あんな事件は二度とあってはいけませんから。

【2018年12月】 《仙波清彦&カルガモーズ》
腰痛に悩まされた一年でした。JIROKICHIの仕事は、基本立ち仕事だし、屈んで、ビール樽や機材など重いものを持ち上げる機会も多いので、出来ない時は、他のスタッフに迷惑をかけ通しでした。腰が悪いと、つい行動も緩慢になりがちだし、家でもなんとなく動かないようになってしまいます。寝起きも辛いし、靴下を履くのも一苦労です。出かけていて、駅の階段を踏み外したときなどは激痛が走ったりします。 これはまずい……いよいよ本腰を入れてなんとかしようと、ネットで検索し、高円寺で評判の良い整骨院を探しはじめました。幸いすぐに近所に良いところが見つかり、矯正、針、マッサージなど、様々な方法で治療をしてもらったのですが、劇的に良くなったのは最初だけ。あとは一進一退。なかなか完治しません。針を打ってもらった翌日は調子良かったり、打たなくても調子良かったり、治療の翌日なのに辛かったり。腰痛の治療に、時間がかかるのはわかるのですが、お金もかかるし、通い続けても治るという確信が持てず、どうしようかと悩んでいました。すると、ある日、YouTubeで、腰痛に関する驚きの動画を見つけました。とある有名健康番組の録画だったのですが、参考になるかと思って、何気なく観ていたのです。番組で語られた情報によると、腰痛になる人は「◯◯が良い人だ」といいます。果て、なんだろうと思っていると、びっくり。腰痛になる人は「寝相」の良い人だというのです。え? と思って続けて番組を観ていると、納得。人は、仰向けで、ほとんど動かず寝ていると、内臓と内臓脂肪の重みがモロに腰を圧迫し続けるのだそうです。やがて、重みで腰の筋肉が酸欠状態になり、身体が危険を知らせる反応を起こします。それが炎症という形で出るというわけです。これが慢性的な腰痛の正体でした。寝返りを打たない人は身体が硬い人が多く、また、マットレスがやわらかすぎたりする人もいるとのこと。自分は、たしかに、昔から身体が硬いし、布団の乱れ具合を思うと、あまり寝返りを打たない方かもしれないと思い、動画を観た日、さっそく仰向けにならないようにと意識して寝てみました。寝返りを打てていたかどうかはわかりませんが、その日、目が覚めてびっくり。全然痛くないんです。しばらく、この、仰向けで寝ないという方法を試しつつ、身体を柔らかくするストレッチをちゃんとやって、自然と寝返りを打てるようにしたいと思っています。テレビやネットの情報などあてにできないと思っていましたが、こういうこともあるんですね。

【2018年11月】 《Chuck Rainey》
少し前の話ですが、台風すごかったですね。今年は災害ばかりで、ニュースを見て気分が落ち込む日がずいぶん多かったように思います。先日の台風では、JIROKICHIに出演するミュージシャン御用達の立ち食いそばや「桂」さんが全壊してしまいました。ニュースで見てご存知の方もおられるかと思いますが、近所の私たちもとてもびっくりしました。「桂」さんはもう40年くらい営業しており、安くてうまいとファンも多いことから、心配の声がちらほら聞こえてきます。先日店主さんにお会いして状況をうかがったところ、なんとか年内には再開したいと言っておられました。以前、「桂」さんの「めかぶそば」が非常にうまいと、このコラムで取り上げたところ、読んでくれた方が食べにいってくれたらしく、それを聞いてなんだかうれしかった思い出もあります。少しでも再開のお役に立てるよう、募金を受け付けておりますので、もし余裕があれば何卒ご協力宜しくお願いします。
ところで今回、日本中を席巻した猛烈な台風24号は「チャーミー」という名だそうです。誰が名付けているかというと、日本を含む14カ国が加盟している台風委員会です。米国、カンボジアや北朝鮮、ベトナムなどが加盟していますが、各国が名前の候補を10個づつ提案・登録し、現在、全部で140の名前があるそうです。今回の台風「チャーミー」は、ベトナムがつけた名前で、花の名前だそうです。ちなみに、日本が登録した名前は、てんびん、やぎ、うさぎ、カジキ、かんむり、くじら、こぐま、コンパス、とかげ、はと。これらはすべて星座の名前だそうです。カジキ座とかコンパス座なんてあったんですね。もし年内に台風26号が発生すると、日本の順番がきて「うさぎ」になるそうです。台風「うさぎ」って、なんかかわいいですね。

【2018年10月】 《KOTEZ&YANCY 》

「スパゲティ・ポヴェレッロ」というパスタをご存じですか。「貧乏人のパスタ」と呼ばれいるそうです。イタリアのレストランでもメニューに載っていないそうです。 茹で上げたパスタに、ニンニクの香りづけをし、目玉焼きをぐちゃぐちゃにして混ぜ合わせ、たっぷりの黒胡椒、おろしたチーズで仕上げただけの、シンプルなパスタです。料理の不得意な独身男性が、ビールでも飲みながらちゃっちゃと作る感じでしょうか。日本で言えば、卵かけご飯的な。しかし、これがたまらないというんです。JIROKICHIの営業後、よく行くバーの常連さんに、本も出している元イタリアンのシェフがいるのですが、その方に教えてもらいました。話を聞いて、早く食べたく食べたくて、翌日、さっそく作って食べてみました。盛り付けると、見栄えは良くありませんが、マジうまい。いわゆるB級グルメの類だと思いますが、すごく美味しいんです。これはクセになります。毎日食っても飽きない味かもしれません。皆さんも是非一度作って食べてみてください。チーズと黒胡椒、オリーブオイルはたっぷり入れると抜群です。 ところで飲み屋で、食べ物の話はいけませんね。お腹なんか空いていないのに、もう、たまらなくなります。常連客の中には、妙に料理の描写が上手な人がいたりして、そうなるともう、頭の中はその映像でいっぱいになってしまいます。 小説なんかでもそうですね。例えば、池波正太郎の「剣客商売」など読んでいると、主人公が、奥方や腕ききの料理人に作ってもらう献立の描写が毎度出てきて、またこれがいかにも美味そう。たまらなくなって、実際に作ってみたこともあるほどです。インスタなどで上手に撮られた映像で観るより、話を聞いたり、文章で味わったりした方がお腹が空いてくるのはどうしてでしょうか。 料理ってすごいですよね。食材に調味料を使い、火加減や、水加減、微妙な塩梅などを計り、器や、盛り付けにもこだわったりする。食事という生きるために欠かせない生命活動に対し、文化的な、複雑な楽しみ方ができるのは人間だけです。人間に生まれてよかったなと、つくづく思う食欲の秋、秋の夜長でした。

【2018年9月】 《久住昌之QUSDAMA 》
日本を代表するトロンボーン奏者、村田陽一さんにインタビューしました。
ジャズやクラシック、ポップスなどで幅広く活躍する、言わずと知れたトッププレイヤーですが、椎名林檎さんをはじめ、多くのアーティストにアレンジャーとしても信頼されている方です。 ところで、ジャズやクラシックを演奏するミュージシャンの多くは、両親の教育方針や、幼少の頃からピアノを習っているなど、ある程度のポテンシャルの高さがあるものですが、村田さんは、まったくそういう環境になかったそうです。たまたま入った吹奏楽部で、背が高いからという理由でトロンボーンをやることになりました。そのうち楽譜が読めるようになり、楽しくなって、やがて熱心になりました。楽譜の掲載された歌謡曲集を手に入れると、片っ端からメロディを吹いてみたそうです。中学生になると、もうプロになることを決め、そのための道筋を考えていたとか。 大学生になると、さっそくジャズメンとして活動をはじめました。同世代のジャズミュージシャンを集め、自分のバンドを結成。並行して、ホーンセクションの一員として参加していたロックバンドのメジャーデビューが決まるなど、順調に歩みました。ロックバンドでは、プロミュージシャンになることに反対するご両親を安心させるためという意識でテレビなどに出演していたとのことです。 村田さんの言葉で印象的だったのは、バンド活動、つまり自分の表現したいことをやる「場」についてでした。自分の音楽を作って発表することはせず、楽器一本でお金を稼ぐスタジオミュージシャンや、職人的なプロミュージシャンは、それはそれでいいけれど、自分はちがう、自分はやりたいことだけをやりたい。表現をしたい。その思いは、プロになって、依頼された数々の仕事をこなしながらも、一貫していたそうです。 職人ミュージシャンになると、依頼された仕事をこなすだけになります。自分の音楽を追求してみたくなって、いざバンドを組んでライブでもやろうかと思っても、もうできないのです。人脈を作っていないからメンバーを集められない、ライブハウスへの出演の仕方もわからない。つまり音楽の「場」の作り方がわからないのです。村田さんは、経済的事情などに流されることなく、ご自分の音楽を追求してきました。素晴らしい仲間をたくさん作り、常に生の「場」に自分を投げ入れていたんですね。そういう音楽に対する姿勢や経験が多くのアーティストに必要とされ、信頼されている理由の一つなのかもしれないと感じました。

【2018年8月】 《鬼怒無月 》
冷房に頼って寝ると翌朝だるくって一日中しんどいけれど、冷房をつけないで我慢すると睡眠不足になってしんどいし、どうすりゃいいんだ、という感じです。今年は熱中症で倒れる人が続出し、こまめに水分を摂るようにと毎日のように喧伝されています。 ところで、わたしは少年の頃、野球をやっていたのですが、昔は練習中、水を飲むことは絶対許されませんでした。今考えると、すごいことです。真夏の炎天下、過酷な練習で、汗は乾き、身体は塩を吹きます。意識が朦朧とするときもあったし、ボールに飛びついて倒れ込んだりしたら、簡単には起き上がれないような感じでした。でも、不思議と熱中症になるやつなんていなかったし、調子を崩して練習を休むやつもいませんでした。ちなみに、最近は、水分の摂りすぎはやっぱり良くないということになっているそうです。いったいどっちが正しいのでしょうね。 今と昔のカラダの関する知識の違いを考えると、面白いですね。わたしたちのころは、転んで怪我をすると、赤チンやマキロンという消毒液を塗られました。ところが今では全く使われないそうです。昨今は消毒液は良くないということに決まっているのだそうです。自然に備わった、患部を修復するための人体の機能をかえって遅らせてしまうからだそうです。ですから、ガーゼなどを患部にあてることもしないそうです。で、今ではどうするかというと、患部の泥や砂などを軽く洗い流すだけなんだそうです。 野球の話に戻ると、昔は、うさぎ跳びという、手を後ろに組み、しゃがんだ姿勢でぴょんぴょん跳ねて前進するという過酷な練習法があったのですが、私たちが卒業し練習から解放された頃、危険な運動ということで禁止になりました。実は膝に負担をかけるヤバい運動なのだそうです。しかし、わたしたちは、山のてっぺんにある神社の石段をうさぎ飛びで登らされたり、グラウンドを何周もさせられたりしましたが、別に膝を壊すものもいませんでした。(みんな、手を抜くのがうまかったのかもしれません笑) とにかく、わたしたちのころは、根性でなにもかもやり抜くという時代で、無駄な練習でもなんでもやってましたが、わたしたちのより後の世代になると、そういう考えは次第に廃れ、だから子どもたちはひ弱になったなどと、少し前はいわれたものですが、昔のスポーツ選手より、今の選手の方が格段にレベルが高いことを考えると、やはり昔の考えというのは、間違っていたんですね。きっと。

【2018年7月】 《峰さんと小島さん 》
安い酒を飲んで、悪酔いし、頭がズキズキ痛くなったという経験がある人は、きっと少なくないと思います。私も、若い頃、安いウイスキーを飲んで地獄のような悪酔いに苦しんだ記憶が多々あります。昨今のお酒は安い物でも品質がよく、味もいいので、悪酔いなどはしないことが多いのですが、例えば駅前の焼き鳥屋さんなどで、調子に乗って、安い酎ハイでも飲もうものなら、飲んでいる最中にもう頭が痛くなってきます。今は、一口飲めば、頭が痛くなるお酒を判断できるようになったので、滅多にそういう目にはあいませんが、やはり、安いお酒は安いというそれなりの理由があるようです。 しかし、安い値段でお酒を提供している飲み屋さんは、安いお酒を仕入れなければやっていけません。例えば、焼酎なら、甲類、乙類という分類があります。乙類の仕入れ値は、種類にもよりますが、甲類の倍以上しますので、それなりの値段で提供しなければ利益は出ません。 乙類はいわゆる本格焼酎というやつで、芋焼酎、麦焼酎など、原材料そのものの香りが残る、味わい深い焼酎です。単式蒸留といって、一度だけ蒸留してアルコールを取り出します。ですから原材料の風味が多分に残るというわけです。甲類は、連続蒸留式という製法で、主に廃糖蜜といって、サトウキビから砂糖を作り出す工程で残ったタール状の廃棄物(と言っても有害なものではありません。ラム酒、味の素などもこれらを原料にしています)を発酵させて造ります。発酵したアルコール分を熱し、何度も蒸留することで、純度の高いアルコールのみを取り出し、水で薄め、精製して製品にしています。ですから甲類の焼酎の場合、原材料はあまり関係ないのです。穀物や果実など糖質が含まれていればどんな原材料でも造れるそうです。 居酒屋さんなどで飲む安い酎ハイは、この甲類という焼酎を使います。一斗缶などで超安く仕入れて客に提供しています。何度も蒸留するので、無色透明になり、癖のない、割りものに適したスッキリとした味になります。甲類の方がカロリーもないし、悪酔いしなくて、好きだという人も多いようです。 しかし、この蒸留の過程に手を抜くと、メチルアルコールなどの不純物が残ってしまうことになります。味も香りも良くありません。そこで、添加物を使って味を調整することになります。この不純物や添加物が頭の痛くなる原因だとか。蒸留酒にしても醸造酒にしても、あまりにも安いお酒には、不純物や添加物が入っていると考えて良さそうです。しかし、焼酎についていえば、値段の安い甲類焼酎といっても、体内のアルコール分解は乙類や醸造酒よりも早いそうですから、二日酔い、悪酔いの本当は、単なる飲み過ぎということなのかもしれませんね。ちなみにジロキチの焼酎はすべて乙類です。甲類が苦手な方はご安心ください。

【2018年6月】 《Drinkin’Hoppys 》

くすんできた店の外観をキレイにしようと、スタッフ総出でペンキを塗りました。普段、地下の陽の当たらないところで仕事をしていますから、昼間の陽光や風が大変心地よく、楽しく作業できました。JIROKICHIは基本、なんでも自分たちで作ったり直したりするので、かなり慣れていますが、やはり、プロとは雲泥の差で、かなり時間がかかってしまいます。 夕方、ようやく作業を終えて、さあ、打ち上げ。大仕事の後に飲むビールが美味いことは言うまでもありません。 ところでビールって、いつから美味しいと感じるようになったのでしょう。父親があまりにも美味しそうに飲むので、少し口をつけてみたら、ひどく苦い……こんな経験のある方も多いかと思います。とにかくビールが美味しいと感じるようになったら大人なんだそうです。大人になると苦味の良さがわかるようになってきます。人間はストレスを受けると、苦味を感じる味覚のレセプターが鈍くなるそうで、そういう理由もあるそうです。 日本でビールが飲まれるようになったのは、明治時代ですが、ビールの歴史はすごく古いというのを知っていますか。石器時代まで遡るといいます。貯蔵していた麦が発芽してしまい、しかたなく粥にして食べたところ、甘くて美味しかったというのが最初のようです。文明が起こったころには、もう飲まれていました。古代エジプトのピラミッドを建設していた作業員たちの現場から、ビール製造所の跡地が発見され、製造の様子を描いた壁画や、製造方法を歌った讃美歌なども残っているそうです。古代エジプトではファラオから庶民まで一般的によく飲まれていました。酔っ払ってストレス発散、というだけではなく、栄養源としても重要だったようです。重い石を高く積み上げる作業は相当過酷だったかと思いますが、仕事の後の一杯はさぞ美味しかったことでしょう。こんな話を書いていたらビールが飲みたくなってきました。ちなみにJIROKICHIの生ビールはサッポロ黒ラベル。ビール通はサッポロが好きなんです。

【2018年5月】 《冨田麗香&ザ・ローリングジプシーズ》
散歩するにはいい季節になって、喜ばしい限りです。ところで、桜の咲き始めのころ、ソメイヨシノの発祥の地である駒込を経由して、巣鴨のとげぬき地蔵に行ったのですが、巣鴨って最高ですね。巣鴨の地蔵通り商店街は、「お年寄りの原宿」などといわれていますが、たしかに年配の方が多く、昔ながらの商店街がそっくり残っていて、いい感じで賑わっていました。なんとなく時間がゆっくりと流れているような気がして、とても気分がいいのです。原宿でクレープを食べ歩きするみたいに、大学イモ、焼き鳥などを片手にのんびり歩いていると、ふと、シブいお茶屋さんを見つけました。入ってみると、店を任されているのはインド人の若者です。注文すると、彼が丁寧にお茶を点ててくれたわけですが、これがちゃんとしていて、非常に美味しい。いろいろ訊いてみると、静岡で、師匠についてお茶を本格的に学んだとのこと。日本に来た理由は、大学で経済学部に学ぶためだったのですが、お茶の魅力に取り憑かれてしまい、とうとう師匠から店を任されるようにまでなったのだそうです。 「日本は少子高齢化で、働き手がなくなってます。外国人をどんどん受け入れて経済成長を維持しなければならないでしょう」 日本人の心を私よりもわかっている上に、痛いところを突かれ、日本の抱える最大の問題について、意見までされてしまう始末です。まいったな、と思いながら、再び地蔵通りに復帰すると、今度はいい感じのタコ焼き屋さんを見つけました。店内は結構広く、お酒も飲めるようです。メニューを見ると、タコ焼きのほか、明石焼きや、おつまみなども充実しているようなので、思わず入ってしまいました。 びっくりしました。タコ焼きはもちろん、明石焼きも、出汁が効いていて非常に美味しいし、サービス満点。しかし、店員さんは全員インド人。よく見ると、タンドリーチキンまでメニューにあります。かつて、日本のインドと言われた高円寺ですが、私はなんとなく負けたような気になって高円寺に帰ってきました。

【2018年4月】 《こまっちゃクレズマ》
「肉じゃが」が好きです。肉じゃがといえば、肉、じゃがいも、人参、玉ねぎ、が基本で、煮崩れしにくいとのことでしらたきを入れたり、別茹でのさやえんどうなどを添えたりする場合もあります。個人的に、肉じゃがに使う肉は豚バラが一番うまいと思っているのですが、大阪出身の人が「肉じゃがの肉は牛肉が普通だ」というのを聞いて大変びっくりしたのを思いだします。ところで肉じゃがは、和食だと考えられていますよね。まあ、日本でしか食されていない料理ですから、和食なんだとは思いますが、実はこの料理、明治時代に日本の料理人がビーフシチューを再現しようとした結果出来上がったものなのです。ヨーロッパ視察に行ったあるお偉いさんが、向こうで味わったビーフシチューの味が忘れられなく、知己の料理人に再現を頼みました。見たことも、食べて味わったこともない料理ですから、料理人の方は大変苦労したと思いますが、工夫に工夫を重ね、なんとかそれ風の料理を作りあげました。こうして誕生したのか「肉じゃが」です。ちなみに肉じゃがはお酒のつまみとしても最高です。 ところで、ハンバーグも大好きです。ハンバーグはハンブルグ・ステーキのことですから、ドイツのハンブルグで生まれた料理かと思いきや、実はモンゴル出身です。時代は遡って、チンギス・ハンのモンゴル帝国の時代です。モンゴル帝国はヨーロッパにまで影響力を及ばせ、ヨーロッパの人たちはモンゴル人をタルタル人と呼んで恐れたそうです。モンゴル人は、ビタミンを採るために馬肉などを生で食べました。しかし、馬肉はスジが多く、非常に硬いため、細かく刻んで食べていました。それが、後のタルタル・ステーキです。ヨーロッパにもたらされたタルタル・ステーキは、あるとき、鉄板で焼かれ、ドイツのハンブルグで評判になりました。こうしてハンバーグは生まれました。
ちなみにタルタル・ステーキは日本には伝わりませんでしたが、韓国には伝わりました。そうです、焼肉の定番メニューの一つ、ユッケです。ついでに、韓国といえばキムチ。キムチは唐辛子をたくさん入れて漬け込みますが、唐辛子は、実は日本から韓国に伝わったものです。豊臣秀吉が天下を取り、晩年、明(今の中国)を攻めたときのことです。秀吉の命令で朝鮮に渡った武士たちは寒さをしのぐ為、カイロの代わりに唐辛子を持って行きました。キムチの歴史は案外古くないんですね。食文化の歴史は調べてみると面白いものです。

【2018年3月】 《前田サラ》

「仮想通貨」ってご存知でしょうか。ハッキングされて580億円分が大量流出した、などのニュースを見てなんとなく知っている方も多いと思います。しかし通貨っていうけど、お金なのか何なのかよくわからないという人のほうが多いのではないでしょうか。
「仮想通貨」は「暗号通貨」ともいわれ、インターネット上にデータとして存在する通貨です。つまり紙幣や硬貨など、手で触れることのできる通貨とは違い、まさに「仮想」の通貨です。 仮想通貨は何種類も存在しますが、「ビットコイン」が最も有名です。ビットコインはしばしば「金(ゴールド)」に例えられます。地球上で採掘されつくした「金」と性質がよく似ていて絶対量が定められています。投資家は、円やドルなど法定通貨で仮想通貨を買ってインターネット上に保有し、相場を見極め、売買しています。 ビットコインは現在、1BT=100万円くらいで取引されています。2010年に最初のビットコインが生まれたときは(金のように掘り出されたときは)1BT=0.006円だったそうですから、たった8年で、信じられない値上がりをしたわけです。ですから、早くから注目してビットコインを買っていた人はみんな億万長者になりました。それでにわかに注目を集めたわけです。 ビットコインは、国がお墨付きを与えた通貨でもないのに、なぜこれほど価値が上がったのでしょうか。ビットコインはいってしまえばアイドルの限定サイン付きCDみたいなものです。本気のファンであれば手に入れたいレアなものでしょうが、興味のない人にとってはゴミ同然です。ところがそのアイドルは、まだ眠っている魅力がたくさんあり、歌もうまい、演技もうまい、スター性も抜群だと知れ渡り、いずれ国民的エンタテイナーになるだろうと見込まれたわけです。それで希少価値が出て限定サイン付きCDの値段が定価より上がったので、売り手が現れ、買い手が生まれたというわけです。

ところでアイドルの限定サイン付きCDは、そのアイドル自体に大変魅力があるわけですから、とにかく価値があるとわかります。しかし、仮想通貨はなにがその「魅力」なのでしょうか。それは「ブロックチェーン」と呼ばれる新しい技術です。ブロックチェーンについて説明しだすと長くなるので割愛しますが、現在の社会の仕組みを根底から変えると言われている革新的なアイデアです。仮想通貨はブロックチェーンという技術によって運営されているため、将来、円やドルに変わる世界的な通貨となるかもしれないと期待されました。しかし、やはり、難しいようです。ブロックチェーン技術自体は、様々な公共サービスに応用される可能性を秘めた素晴らしいものですが、仮想通貨は今のところやっぱり「仮想」です。公共サービスに使えたり、世界共通の通貨として世界中で買い物できるようになったりしなければやがて消えていくことでしょう。アイドルもアイドルから脱皮できなければ、人気が衰え、消えていくのと一緒ですね。

 

【2018年2月】 《有山岸》
昨今の電化製品や道具類は、すぐに壊れたりしてよく買い換えたりするものですが、昔の製品は、なんでもずいぶん長持ちするような気がします。JIROKICHIは相当昔から使い続けている機材や道具が多いのですが、一番驚くのは、ステージでミュージシャンのモニター用に使っているBOSEというスピーカーです。これは全然壊れません。なんと40年近くも使っています。他には、ギターアンプ「JC120」。これも非常に丈夫で、25年くらい前に中古で買って日々酷使しているのにも関わらず、あまり壊れることなく助かっています。エンジニアのワオさんが自作したDIという機材。これも全然壊れません。しかもいい音で、未だに現役で活躍しています。 YAMAHAの人がわざわざ見学に来たことがあるというドラムセット、YAMAHA/YD900Rも、ジャズドラマー村上寛さんに譲っていただいてからずっと40年以上使っています。このドラムセットは、今では手に入らない木材を使って製作された名器で、ドラマーの方々にファンも多く、毎日のように使われています。店の音に馴染んでいることもあり、買い換えるつもりは毛頭ありませんが、しかし壊れて使えなくなるようなことは当分なさそうです。その他、厨房のフライパンや、油鍋、小道具類などにも、40年以上使っているものがたくさんあります。古いし、別に買い換えてもいいのですが、なんとなく愛着があってそういう気にならないのです。 資本主義社会においては、モノはどんどん使い捨ててバンバン買い換える方が、お金がまわって、景気も良くなり、税収も上がって、みんなが豊かになる仕組みなのですが、そんな社会システムに抗って…… というわけではないのですが、修理して何十年も使っている機材や道具をなんとなく良いモノのように思って使い続けています。モノを粗末に扱うな、もったいない、まだ使えるから取っておけ、などと昔はよく言ったものですが、今は、断捨離などといって、まだ使えるものでも、まだ着れる服でも、どんどん捨てられる世の中です。豊かになってモノが溢れているのに、商品に新しい付加価値を無理やり与え、大量にモノを生産し続けなければ破綻してしまう社会ですから仕方がありません。かといって、資本主義から脱却し、不便だった時代に戻ることはできそうもありません。共産主義、社会主義的な考えを安易に述べる人もいますが、それがうまくいかないことは歴史が証明していますし、もっと極端に、例えば原始時代のような生活に身を置くことなど絶対に不可能でしょう。 しかし、どうしても、昔からずっと使っている古いモノには特別な「なにか」が宿って、新しいモノより優れた価値があるような気がしてしまうのです。きっとブルースなど古い音楽が好きなのも、そういう性分のせいなのかもしれませんね。

 

【2018年1月】 《ハモニカクリームズ》
2018年。私が子供のころには想像もできなかった未来です。社会は大きく変わりました。人々はコミュニケーションの手段をインターネット、スマホにシフトし、思想、音楽など、文化の発展も頭打ちになったように見えます。今後、近未来においては、人工知能、アンドロイド、ロボットなど新しい技術の一般化によって社会はさらに大変革することでしょう。一人一台ロボットを所有する、SFのような世界が本当に実現するそうです。そうなれば人々はもう他人とは関わらなくなります。すでに若い人たちは恋愛さえも敬遠する傾向だそうですから、例えば、バンドなど面倒な人間関係を必要とする集まりはもうなくなってしまうのかもしれません。 キーボーディストの加藤エレナさんにインタビューしたとき、JIROKICHIのオープン当初から出演していただいているようなレジェンド的ベテランの方々と共演する際の話になりました。昔のバンドマンたちはとにかく人間関係の密度が濃い時代を生きてきたのです。理由の一つに当時の情報の少なさがあります。今のようにネットはありません。バンドをやろうとなれば、レコードを持っている人など情報を多く持つ人と友だちにならなければならないし、楽器を手に入れて楽曲のコピーをするにしても、演奏技術を教えてもらったり、逆に教えたり、朝まで酒を飲みながらああでもないこうでもないと音楽について議論したり、とにかく始終顔を付き合わせて過ごしたわけです。そうやってずっと一緒に過ごすうちにバンドごとの個性豊かな独特の雰囲気を作りだしていったわけです。 最近の若いバンドは……などとエラソーにいうつもりはありません。酒が飲めなくったっていいし、必要事項だけをメールでやりとりしていれば、効率だってはるかにいいし、演奏することにおいては問題ないはずです。もしかして将来、わざわざリハーサルスタジオに行って練習をしなくても、ネットを通じてそれぞれの自宅にいながら十分にリハができるようになるかもしれません。 面倒なコミュニケーションがいらなくなる時代。けれどそうなったら人間の演奏を聴いていてもどこかロボットの演奏を聴いているようで、ライブを聴く感動はなくなってしまうことでしょう。